【前編】私、16歳のCEO。 “〜仁禮彩香の歩みと偉大な母〜”


2014年4月22日。この日、ぼくは恵比寿駅の近くのとあるビルの一室にいた。恵比寿に来たのはひとりの女子高生の講演会を聞くためである。その女子高生の名前は、仁禮彩香(にれいあやか)。

株式会社グローパスの代表取締役社長として、会社を経営している。まだ若干16歳。中学2年生のときに、起業をし、いまにいたる。ぼくが彼女を知ったきっかけは、TedxKidsの動画だ。

ここで、グローパスがこれから取り組もうとしている「人生ゲームプロジェクト」について語っていた。これは、皆が知っている人生ゲームとは少しちがうゲームだ。

通常の人生ゲームは、億万長者になったものが勝者であり、いかにお金を稼ぐか?が重点に置かれている。

だが、この人生ゲームは、世界の国々の価値観というものを人生ゲームを通じて、知り、そして理解し、尊重することを目的としたものである。詳しいことは、ぜひ動画を見ていただきたい。

ぼくがこの動画を見終えて思ったことは、「彼女の価値観はどのように育まれてきて、これからどこに向かうのだろうか?」ということ。

もちろん、彼女たちがやっていること、グローパスの事業内容にも興味がある。でも、それよりも仁禮彩香という人物そのものにすごく興味を持った。

そして、彼女のこれからについて聞いてみることにした。

この記事は、三本立てになっています。

1.私、16歳のCEO。vol.1 “〜仁禮彩香の歩みと偉大な母〜”

2.私、16歳のCEO。vol.2 “〜相方、斎藤瑠夏の存在〜”

3.私、16歳のCEO。vol.3″〜これからのリーダーとわたしのこれから〜”

TedxKidsの動画を見たうえで、このインタビューをお読みください


──仁禮さんの価値観というものはどのような時系列をたどってきたのでしょうか?

仁禮:まず、わたしは湘南インターナショナルスクール(SIS)という幼稚園に通い、その後、公立の小学校に行きました。

SISでは「子どもたちをひとりの人間として考え、ひとりひとり違う意志があってそれでいい。でも、同じ社会で生きてゆくのであれば、どうすれば自分と違う人間とお互いに助け合ってゆくのか?」ということを大事にしていました。

その後の公立小学校での生活も本当に楽しかったのですが、いつも感じていたのは、先生は教科書のなかの答えを待っているのでは?ということでした。

さらに「こういう環境でこれから育っていくのかな?」と考えたときに、「違う」と感じたし、目の前にいる子どもたちをリスペクトして、ひとりひとりの考えを大切にできる大人になりたいと思ったんです。

だから、そういう大人になるために、自分は「答えがないものと向き合える場所」、つまり、SISのような学校でもっと自分自身をブラッシュアップしていくべきだと感じました。

SISのメンバーは、発言することがすごく多くて、ひとりひとりの意志があり、それでいい、ということが前提にあったから、誰も自分の意見を言うことをためらうひとはいません。さらに、相手の意見を受け止めたうえで、それに対しての自分の意見を重ね、アイディアが広がってゆくクリエイティブなスペースがそこにはありました。

そんなこともあり、「私がいる場所はここではない」と思い、SISのような小学校を作ってほしいとミス・ゲイティー(SISの学長)に話したんです。

 

SISの教室
SIS(湘南インターナショナルスクール)の教室内風景

ミスゲイティーは仁禮さんたちの頼みをすぐに聞き、SIS Grade School(小学校)を作り、彼女たちは、その第一期生として入学し、5年間をそこで過ごすことになる。彼女は小学校に入学した時点で、日本の教育と海外の教育を客観的に見ていた。そして、日本の教育についてこう語ってくれた。

仁禮:日本の教育は、ある意味遅れていると思っています。

”進んでいる”、”遅れている”という言葉は、人それぞれの感覚だから、そういう言葉は使いたくないのですが、今の社会に求められているレベルを日本の教育では生み出せないんです。

なぜなら、子どもの持っている才能を伸ばすどころか、他とのバランスをくずさぬように突き抜けているものを削る作業が教育に盛り込まれていると、当時感じたからです。

だから、そういうところを改善したいと思い、SISのような環境で学べる子どもたちが日本で増えたらいいのになぁと思っていました。

いまも昔も、そしてこれからも、私の大前提にあるのは、子どもたちのためにある教育というジャンルをもっとクリエイティブにすることです。

──教育をクリエイティブにする?

仁禮:はい。もちろん、私たちは子どもたちがBestな状態を出せる環境を作ることが大事だと思っています。もし、子どもたちが  0の地点にいるとしたら、私たちが100の地点に持っていくことはできません。なぜなら、100の地点に行くのは子どもたち次第だから。

でも、私たちがその子たちにとってのBetterな環境を作りだせれば、彼らが勝手に100の地点に持っていくと思うんですよ。

そのとき絶対に必要な要素は、プラスのエネルギーですよね。だから、子どもの周りにいる大人が絶対にマイナスなルーティンを作ることはやめてほしいと思っています。

──BetterでなくBestを目指す。

仁禮:私たちのBestというのが、子どもたちに少しでもBetterを与えてあげることだと思います。もちろん自分たちはいつもBestを尽くします。

そのBestとは、彼らにちょっとでもプラスの空気を送ってあげたり、何かプラスの手段を教えてあげたり、自分たちがプラスなエネルギーを生み出したり、そういうプラスなことを生み出す作業はワーストには絶対ならない。

たとえば、明るいニュースが放送されていたら嬉しいじゃないですか。わたしが、それを見たら、宿題がはかどるかもしれないし。宿題がはかどったら、グローパスに当てる時間が増えて、新しいアイディアが出るかもしれない。

そういうBetterな環境をつくることってすごく大事なことなんですよ。

そのBetterが生み出されたあとに、生まれるものがそれぞれひとりひとりのBestだと思います。

──そこは変わらない価値観なんですね。

仁禮:変わらないですね。わたしの軸になっている部分は、ずっと変わっていないです。

ただ、ひとは成長してゆく段階で、自分に色々なものが身についてきますよね。

色々な経験をしたり、様々なひとから影響を受けたり、前は全然興味がなかったけど、急に別のことに興味がでてきたりとか。そういうことが多くのひとにはあると思いますが、わたしの場合は違いました。

幼稚園や小学生のときに世界のことばかり考えていたんですよ。自分のスキルを世界の人々に見せたいと思ったり、自分のアイディアを世界で共有できる仲間を探したりとか。

仁禮彩香さん  

 

彼女は、SISにいたこともあり、早くから海外に目を向けていた。それは海外から来る先生がSISには多く在籍しており、海外からSISにショートステイで来た友人たちがいたことも大きな理由のひとつだ。そして、小学校を卒業し、どこの中学校に行くか、彼女は選択に迫られることになる。

 

仁禮:海外の教育観は、自分たちに合っているなって思ったし、そこを見てみたいな、とも感じました。

でも、中学校を選ぶ段階になったときに、「私は何をしたいのかな?」と、ふと考えたんです。

自分たちを突き動かしてきたものは、やっぱり小学一年生のときに感じたこと。それはつまり、日本の教育に違和感を感じたことです。

そこに違和感を感じたということは、「なにか教育に対して自分ができるのではないか?」ということ。そして、そんな想いを持っているということに気づきました。さらに、なぜそう思い、それをどうしたいのか?と考えてみたところ、おのずと答えは出ました。

私たちは、子どもたちに自分たちがいたような環境で学んでほしいんです。そう考えたら、私たちがいるべき場所は、日本だなって思いました。

そして、自分のやるべきことは、今いるこの日本で、まずプラスの空気を流していくこと。それがだんだんと分かってきたんです。そこから日本のことをよく見るようになり、日本でどんなことが起きているのか?ということを理解し始めました。

私たちは日本の中学校に行ったし、高校も日本の高校に行っています。だから日本の教育のよさを知っているわけです。日本の教育を通じて、色々と感じるものがあり、日本にはたくさんいいところがあると分かったし、Betterにできるところは、Betterにする。

日本のよさを日本人として世界に出していけたらいいなと思うように変わってきたんです。それが「いま」なんですよ。

つまり、私たちは先に世界を見た後に、だんだん日本を見つめるようになり、この日本にあるモノを世界に広げていきたいと思うようになりました。それが「いま」もっている価値観ですね。

 

TEDxKidsのときに相手の価値観を理解し、尊重することが大事で、それを子どものときから体験してほしいと語っていた仁禮さん。彼女自身は相手の価値観を理解し、尊重することはできているのだろうか。

 

──自分の周りにいるひとたちの価値観を理解し、尊重できないときはありますか?

仁禮:身の回りにいるひとたちに限っていえば、ないと思います。例えば、私の担任の先生がいつもホームルームを英語でしているんですけど、周りの生徒の子がたまに聞き取れないときがあるんですね。

彼女のクラスでは、生徒が日記を書きそれを先生に提出するやりとりをしている。いわば交換日記のようなものだ。

あるとき、一部の生徒が決められた曜日に日記を提出しなかった。先生は怒り、提出が遅れた生徒の日記を教壇に置きっぱなしにしていった。

そして、生徒たちは「英語が聞き取れなかった」「ちゃんと先生が私たちに伝えないのが悪い」と言い出した。

仁禮:彼らの様子を見て、まず思ったことは「もし分からなかったら、先生に聞き直すとか、友達から聞くことだよね」ということ。なぜなら、先生はその子たちに向かって話していたわけだから。でも、彼らはそういうことを選ばなかったんですよ。

 「みんなはどうしてそう思ったのかな?」と考えたときに、彼らのお母さんの顔が浮かびました。

クラスメートのお母さんに何回か会ったことがあるのですが、もちろんすごくいいひとたちです。お母さんたちはじぶんの子どもに対して「宿題をしなさいよ!」とか「あなたはテストの点数が悪い」と、よく言っていました。

 でも、宿題をしなかろうが、テストの点数が悪かろうが、それはその子の問題じゃないですか。

それに対してお母さんが怒ることは、その子自身が責任を負う場面を奪っているんです。仮に、彼らが宿題をしたとしても、宿題をした理由が「お母さんが言ったから」になってしまったら意味がない。

いままで受けてきた教育が、〜しなさい、と答えを投げつけられるものであったら、そういう発想になってしまうんだなと、当時思いました。

その発想をいいとは思いません。でも、そうなってしまうことはすごく理解できるんですよね。なぜなら、彼らがわたしといつも向きあっている人たちだからです。そういう意味で、自分の周りの人のひとの価値観を受け入れられないということはないですね。

 

──なるほど。では、価値観を「理解すること」と「尊重すること」はどのようなステップを踏んでゆくのでしょうか?

仁禮:まず相手がなにかを言うことの裏には、その人なりの理由が必ずあるわけです。それを相手が私たちに話してくれているわけじゃないですか。

だから、あなたたちの意見を述べてくれたことに対して、それを「私が受け止めるよ」という意志表示が尊重だと思っています。その意見に対して、自分に別の意見があろうと、相手の意見に賛同してようと、彼らの出した意見は彼らの出した意見なわけです。

つまり、彼らの意見を提示してくれたことに対して「提示してくれてありがとう」ということが相手の価値観を尊重すること、だと思います。

 

──相手が意見を提示してくれたことに対して感謝の気持ちを示すことが、相手の価値観を尊重するということ?

仁禮:そう思います。身近なところで言うと、わたしの母がそういうあり方をしてくれていますね。

わたしの祖母は、世話焼きで「宿題やったの?期限までに終わるの?」とか「彩香、ちゃんと勉強してるの?」といつも言うひとなんです。

それに対して、腹を立ててしまうときがあるんですよね。そういうときにわたしが「はぁー。なんでよ!」って思っていると、母は「彩香の気持ちは分かる。でもね」と話を進めます。

「彩香の気持ちは分かる」と母が言った瞬間に、母がわたしの意見を尊重してくれたんだな、と感じるんですよね。

わたしが出したものに対して、それを一回母が自分のものとして、「彩香の気持ちはこうなんだね」って自分の手に置いて、よく分かったよって言ってくれるような感覚があるんです。

だから、そうやって一度自分のものとして考え、向き合ってくれることが相手の価値観を尊重するということなのかなと思います。

仁禮彩香さんのお母さん
仁禮さんと仁禮さんのお母さん

──素敵なお母さんですね。

仁禮:母は本当に偉大ですね。私にとって、母は一番近くにいるけど、遠いひとでもあります。たまに私がなにか考え事をしているとき、感情と事実をごちゃまぜにして遠回りをしてしまう瞬間があるんですよ。

事実だけを見れば、自分がどうすればいいか、はっきりしているけど、そこに悔しさや悲しさ、恥ずかしさといった気持ちがミックスしてしまうんです。その結果、時間を無駄にしてしまうことも。

 でも、母はそれを一瞬で「事実」と「感情」に分けて考えるんです。

「彩香がしていることは、こういうことだよね。これが感情、こっちは事実だよね。彩香がしたいことはどっちなの?感情を引きずりたいのなら、ずっと感情に時間を使ってもいいと思う。でも、彩香が他にしたいことがあるんだったら、感情をとっぱらって物事を進める必要があるよね?」

と提示してくれるんですよね。

いつもの冷静な自分だったら、そうやって考えることができると思うけど、母はどんなときでも冷静で、無駄な遠回りは絶対にしません。母がする遠回り、つまり時間をかけてなにかをするときは、いつも母自身が決めた遠回りなんです。

 一方わたしは、自分がやりたいことは分かっているのに、感情と事実を混ぜて、結果的に無駄な遠回りをしてしまうことがあります。

だから、母のことは本当に尊敬していますし、そういう感覚をどんなときでも持ち続けたいとも思うのですが、自分はできていないんですよね。

さっき言った「母が遠いひと」というのは、そういう意味なんです。母はそういうことができるのになぜ自分は?と比べてしまうんですよね。自分が目指している場所を見せてくれるひとでもあるし、一方で自分にとって近しい人物でもあるから、そう思ってしまうのかもしれません。

 

──ちなみに、お父さんはどんな方ですか?

仁禮:お父さんは、「彩香が楽しいなら嬉しいし、パパも楽しいよ」という人ですね(笑)。

母とは、サポートの仕方が違いますね。母は、私がいつもなにをしたいか?をわたしよりも先に見抜いて、立ち止まってしまったらそのたびにサポートしてくれるのが母の役割です

でも、父はそういうことを分かっていないんだと思います(笑)この間も、「人間は、健康が大事だよね。彩香が風邪でのど痛そうだったから水飴買ってきたよー」とか。

一緒にいてほのぼのとする人で、人に甘えたくなったり、助けを求めたくなったときに、さっと寄り添ってくれるようなひとですね。きっと、母は論理的にサポートしてくれて、父は感情面でサポートしてくれているんだと思います。

 

──水飴(笑)そういうお二人に囲まれていたんですね。ここまで、仁禮さんの価値観の時系列について、お尋ねしたのですが、そもそも、価値観とは一体どういったものなのでしょうか?

仁禮:そう聞かれるかなと、思っていました(笑)

価値観とは、「自分が大切にしたいと思う、心の優先順位と捉えています」

というのは、ひとは心で色々なものを感じるし、目だけでなく心で見るっていう表現がありますよね。

心が捉えた様々なことに対して、自分が優先順位をつけていくわけです。「どんなときでも人に感謝をする」ことが一番で、「親孝行する」が二番で、みたいな感じで。

でも、価値観というのは、自分だけが持っているわけではありません。他のひとも同様に持っています。

○○さんと価値観が合わないという言葉があると思います。これは、お互いの心の優先順位が異なっていただけのことなんです。

例えば、わたしが「どんなときでも自分を信じること」を優先順位の最上位にしていて、一方友達は、「どんなときでも相手を信じること」という価値観を最上位にしていたとしましょう。

ここで大切なのは、わたしの心の優先順位では「どんなときでも自分を信じること」が最上位だったけど、「どんなときでも相手を信じること」という価値観を決して理解できないわけでない、ということです。

なぜなら、相手の価値観がわたしの中で1位でなかっただけで、ちゃんと2位、もしくは3位、4位に「どんなときでも相手を信じること」という価値観が存在しているから。

そういうことをひっくるめて価値観というのかなって思っています。


ここまで、仁禮彩香さん自身の価値観の時系列、そして母の存在について聞いた。【中編】では、グローパスCOOでもあり、仁禮さんと幼稚園から一緒だった相方の斎藤瑠夏さんの存在について語ってもらった

【中編】私、16歳のCEO。vol.2″〜相方、齋藤瑠夏の存在〜”

インタビュー・編集:馬岡祐希
写真撮影:高橋創
写真加工:佐藤宏樹